嶋満神社

あけましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いします。
嶋満神社のお正月飾り
大みそかの飾りつけには奉賛会長さん、氏子さん、担当の町内会役員さんとでお飾りをしていただきました。

外幕は雪などで汚れる恐れがあるので飾っていません。

私は町内の方のお葬式に参列ということでお手伝いできなかったので、元旦にお参りし、参拝と記録写真撮影、お賽銭のお下げ役をしてきました。

天候にも恵まれ、気持ちよくお参りすることができました。

小宮さん(お稲荷さん)にももちろんお参りし、商売繁盛、更なる景気上昇をお願いしました。

今年も神社のいろんなことをご紹介していきたいと思います。

何ということのない記事になりましたが、元旦の一区切り、「更新初め」ということにいたします。

嶋満神社

鈴の緒

鈴の緒
嶋満神社の「鈴の緒」が新しくなりました。

拝むときに「ガラン、ガラン」と鈴を鳴らして紐を揺らす、あれです。

氏子の方に奉納いただき、弊社にてあつらえさせていただきました。
嶋満神社の「鈴の緒」

先日、日を選んで奉納者の方、奉賛会の会長さん、神社担当の町内会長さん、ワタクシ(一応連合町内会長)とでおはらいをし、取り付けてきました。

新年を控え、気持ちよくなりました。

嶋満神社

お宝発見!

歴代奉賛会会長さんの会社の倉庫で発見されたそうです!
御璽

いつごろのものか、また何に使われていたのかはわかりません。

「おふだ」でも印刷していたのでしょうか?

何かしらありがたみを感じる御璽です。

最近は当浮島町内にも高層マンションができ、新しい住民の方も増えました。
さらに昔からあるお宅でも世代交代が進んでいて、町内のことがよくわからない人が増えています。

こういう人たちにもお祭りやいろんな行事を通じて町内のこと、嶋満神社のことなどを伝えていかなければいけないなと思っています。

そのためにもこういう「お宝」は貴重な逸品です。

もっともっといろんなものが、探せば出てきそうです。

私が交誼をいただく息子の恩師である、神戸、本住吉神社の歴史資料館事務局長さんも会報の中で述べておられます。

「どんなものでも捨てる前に相談してください。貴重な発見があるかもしれません。」

さらにあちこちと、アンテナを張り巡らせたいと思います。

さて前の記事でも述べている「浮島夏の夜祭り」ですが、皆様のおかげで無事終了いたしました。

今年は私が浮島会長という大役をいただいているので、いろいろと忙しく、写真を撮ることができませんでした。

残念ながら画像はありませんが、ご協力頂いた皆様に感謝いたします。

嶋満神社

知らない間に桜が開花

狛犬さんのことを調べまわっているうちに、嶋満神社の参道の桜が3分ほど咲きました。

画像では半分以上咲いているように見えますね。
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「古木鬱蒼」と昔から言われるこの小山、桜も相当年月を経てご老体のようですが、今年も良く咲いてくれました。ありがとう。

嶋満神社

今日も狛犬さんのお話

さて、1月7日の記事で当社、嶋満神社の狛犬さんの話題を書きましたが、性懲りもなくその続きです。

当社の狛犬さんの片方が子どもを抱えており、そのまた子どもが玉を抱えている形式である・・・というところから。

小寺慶昭氏の「京都狛犬巡り」を読んで分かったこと。

当、嶋満神社のように口をあけた形の阿形と閉じた形の吽形とが向かい合っている形式は「阿吽対面型」であり、当然どちらも阿形である「阿阿対面型」や阿吽が逆の「吽阿対面型」等もある。

もちろん向かい合わず、どちらも入り口を向いて座る「阿吽平行型」「吽阿平行型」もある。

そして驚くべきことに当地舞鶴市には京都府全般の設置割合とは違い、「吽阿平行型」が際立って多く、「舞鶴狛犬文化圏」なるものを形成している・・・・。

さらに「玉取り」と「子取り」という観点で見れば京都府では「阿形が玉取りで吽形が子取り」のパターンが南部に多く、「阿形の子取り」のみで「吽形は子も玉もなし」という形は北部地域にしかない。
(この場合の北部とは京都府の分水嶺以北という意味)

当社の「子獅子が玉を持つ(・・・基本的には子取り)」形式は舞鶴では与保呂のお宮さんにもあり(但しこちらは左側の吽形が抱える)当地から丹後地方にかけてのみ見られる形式だとか。

さて、現在の当社の狛犬さんは「阿吽対面型」と、先ほど述べましたが、当社は実は昭和14年、太平洋戦争の風雲急を告げる時代、海軍によってその山を軍用地として接収されたため、舞鶴市泉源寺というところへ移転遷宮し、昭和36年に再遷宮し、現在の場所へ戻ってきています。

ではその遷宮前の狛犬さんはその位置、向きはどうであったのか・・・。

舞鶴狛犬文化圏内のものとして同じ特徴である「吽阿平行型」だったのかどうか、再遷宮のときに位置と向きが変わったのかどうか・・・

謎が謎をよび、面白い展開になってきましたぞ。

この辺の事情については更に取材を進める必要があります。

与保呂のお宮さんにも取材に行かねば。

この項、次号へ続く・・・。

きものや

Author:きものや
旧海軍時代の面影残る港町、田辺藩時代の街並み残る城下町、美しい海と山に囲まれた街、舞鶴で“きものや”を営んでいます。
歴史小説の好きなオヤジ(分身のような娘は嫁に行き)、正体不明な社会人の息子(中国、深圳あたりで暗躍中)、家中の全権を掌握する自称「上品な」奥さん、要介護1のじじ、同5のばばの面々でやってます。