日常

街路灯の話

弊店の前の国道には町内の歩道上に28基の街路灯があります。
わが町内のみですが、およそ数十年前にうちの父が若いころ、その当時の町の長老さんたちとともに設置したものです。

現在私がその会計を受け持っています。

昨年、全国的な節電の流れをうけて、全面LED化しました。
左が以前の水銀灯、右がLED。
浮島の街路灯

お陰で町も明るく、電気代もかなりの削減になり、大喜びです。

さてこの工事費ですが、いろいろ事情があって、公的補助をあきらめ、自前で賄いました。

国、府、市の補助を受ければタダ同然でできたのですがね。

そのためにはこの街路灯の所有者は商店街でなくてはならず、設置前後の交通量調査等を含め、いかに効果があったかを証明しなければなりません。
当然補助金の振込先は商店街の口座です。

我が「街路灯運営委員会」は商店も一般家庭も駐車場を経営する不動産屋さんも、とにかく道路に面した人は平等にお金を出し合って運営しています。

そんな「町の力」にこそ、なにがしかの補助の手が差し伸べられてもよいのではないかと思います。

はっきり言ってこの場合だけでなく、公の補助金は「使ってほしいのか、使ってほしくないのかわからない」ただお題目だけのもののようです。

文句はこれまでにして、もう一か所、これはよその町内ですが、同じ国道の少し西方に設置してあるかなりレトロな、はっきり言って古い街路灯をご紹介します。
北吸の街路灯

旧軍港からも近く、戦時中の舞鶴の繁栄の名残のようで面白いです。

よく見ると旗竿を指す部分も見られます。

数々の軍事パレードなんかを見送ったんでしょうね。

これは国道の南側のみに設置されているので、どういう経緯でこうなったのか、知りたいところです。

ともかく、町なかにもいろんな歴史が感じられて面白いです。

私が街路灯の役を引き受けているから気になったことで、いろんな経験をしてみるものですね。
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コメント

No title

ご無沙汰しております。

街路灯、大門通は早くから設置されて、明るかったですね。(改めてじっと見たことはありませんでしたが)
その分、今でもですが市役所前からの国道べりは、駅から市役所までは明るいので殺風景ですね。
北吸の街燈には、港に艦隊が入った時に「歓迎」の旗がかけられていたのを記憶してます。

補助金で思うことがあります。
退職後のセミナーで、退職者がNPO法人を立ち上げて補助金で暮らせるようなことがあると言ってました。
人のために役に立つ目的であればよいのですが、自分たちが食べていくための目的が多いようで、ちょっと考えます。

審査は適正にしてほしいとかねがね思ってます。

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きものや

Author:きものや
旧海軍時代の面影残る港町、田辺藩時代の街並み残る城下町、美しい海と山に囲まれた街、舞鶴に住んでいます。
歴史小説の好きなオヤジ(分身のような娘は嫁に行き)、正体不明な社会人の息子(中国、深圳あたりで暗躍中)、家中の全権を掌握する自称「上品な」奥さん、要介護1のじじ、同5のばばの面々でやってます。