日常

神社の秋祭りも無事終わり・・・

地域の神社、白絲濵神社の秋の例祭が無事終了しました。

我が町内からも子どもみこしがにぎやかに繰り出し、雨の中、一生懸命に子どもたちが太鼓をたたき、声を掛け合っていました。

これで夏から続く我が町内の行事はほぼ終了です。あ~おつかれさん。

さて毎年思うことですが、子どもの行事で主役にならねばならない「お母ちゃんたち」が年々小粒になってきて、指導力がなくなってきているのは時代の流れでどうしようもないことなんでしょうか?

うちの子供たちが小さい頃は近所のお母ちゃんたちも、子どもの行事になると役員さんをしのぐ勢いで子どもたちを指導して回り、もちろんよその子でも叱りつけ、ついでに頼りない役員さん方も叱り飛ばしていたものです。

今は違います。

自分の子どもしか見えていない(少なくとも、そう見える)。

自分たちで行事を作るという気概がないので、指示された事は出来るが、気を利かせた行動が出来ない。

大声で人を引っ張ることが出来ないのは、日頃広い場所で子どもを遊ばせなくて、家の中だけで声を出すことしか出来ないからか、などと勘ぐってしまう。

お父ちゃん方も然りです。

お神輿を組み立てたり解体したり、巡行の安全係を勤められる人がいない。

自分の子どもしか見えないので行列全体の安全を図れる人材がいない。

コレは我々が人材育成をちゃんとしてこなかったからだと言うご意見もあるかもしれません。

しかし、それにしても昔はビールの一杯も飲ませて「頼むで」と言えばよかったのですが、今はお願いして来ていただく時代です。「お客様」の意識から抜けないのでしょうか。

地域のつながりがないから「断れない人」に引張って行かれないということなのでしょうか。

それはいいとしても、現場の話、

自分の仕事でも何でも、もう少し気を利かせたことが出来るンとちゃいまっか、と言いたい。

この「子どもみこし」は企画段階からお母ちゃんたちも交えてミーティングを進めて来ているので、同じ参加するなら神輿にぞろぞろついて歩くだけでなく、自分たちで行事を作るという気概と楽しみを持てないものなんでしょうか。

こんな行事は「こなさねばならない仕事」だけになってしまったのでしょうか。

出でよ、人材!
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浮島元気プロジェクト

大盛況!浮島元気プロジェクト

ウチの奥さんが町内の集会所で始めた、高齢者の体操教室・・・その名も「浮島元気プロジェクト」

これがまた大盛況で町内の高齢者は益々元気になり、活気があふれ、医療費の削減にも役立ってるのでは、と自負しています。
浮島元気プロジェクト

元はといえば奥さんが集会所の管理を任されたことに始まります。(ハナシは長くなりますが)

今年度から決まっていた新しい管理人さんが(使う人の便宜を考えて町内の人でお願いしてるのですが)突然の体調不良で出来なくなり、新年度スタート3日前になって急に転がり込んできたお話なんです。

4月のスタート目前で、「もう他に頼る人のない状況で」と言う殺し文句についに折れてしまったのですが、ここからが奥さんの凝り性というかはまり込む性格が発揮されるのです。

立場上、町内の行事にも何かと深く関わっており、中途半端な長老よりも(失礼!)よほど町内の歴史といきさつに詳しい我が家のこと、様々な改革をしてゆく途上で、「もっと集会所の使用率を上げてせっかくの町内の財産を活用したい」と言う発想から、何か定期的に行う事業はないものかと考えて思いついたのが、この「体操教室」なのです。

町内にはグランドゴルフなど、いろんなスポーツに励んでおられる高齢者の方も大勢いらっしゃいます。
でも寝込むほどではないけども、スポーツまでは、と言う少しお元気のない方も大勢いらっしゃいます。

ここらあたりの方々にお元気になっていただきたい、と言う思いも当然ありました。

もちろんそれには「元手」もなければいけません。講師さんの謝礼もいるし、備品も買わねばなりません。

そこで目をつけたのが府の「地域力再生支援」の交付金

府の振興局へ何度も足を運び、書類を書き直し、やっと交付見込みまでこぎつけたのです。(あくまで見込みであり、土壇場でアカン、といわれれば万事休すですが)

とにかくスタートさせようと言うことで町内の老人会の方々や、市の体操教室には遠くて通えない、身体が不自由でハードな体操は出来ない、と言う方々にお声を掛けさせていただき、写真のような大盛況と相成ったのであります。

浮島元気プロジェクト2


補助金申請の期限と言うこともあったのですが、前を見ないで突っ走る奥さんの元気には我々男にはないものがありますな。フォローが大変ですわ。

しかし一番お世話になったのは町内会の役員さん方で、すべてにおいて好意的に取り計らっていただきました。

こんなことは一人で出来ることではありません。皆さんの影の後押しがあればこそです。

スタッフでお願いした同年代の奥さん方もはまり込んでるようで、皆さん生き生きとしてます。

ダテに小学校、中学校の「地域委員」を長くやってたわけではないね。人脈も生きてます。

退職してからはじめて町内会に顔を出して、初めての役員で場違いな発言をしたり、とんでもない会計処理をしたりする男連中も見習ってほしいですわ。

やはり日頃からの町内への貢献がこういう場面で生きてくる、ということを肝に銘じるべきダス。

とにかく今までお顔を拝見したことのなかった高齢者の方々もお見えになり、みなさん本当に生き生きとしておられます。喜んでいただいているようで、はじめた甲斐がありました。


さてさてチョー元気な奥さん、次は当集会所のバリアフリー化に取り組み始めました。

またカネがいる!ってか。

嶋満神社

嶋満神社の新しい動き

名義上はともかく、父の代わりに私が嶋満神社奉賛会のメンバーデビューして1年。

まあ実質的には最近は日常的に私の方が神社のある小山へ何度も山へ足を運び、祭典にも参加して「世代交代」はしていたのですが。

奉賛会の抱える問題解決に少しでも寄与したいと始めた私なりの活動。

・・・歴史的経緯から来ることですが、この神社は氏子さんがただ1名なので(だから父の代から奉賛会を作って有志でお守りしているのです)少しでも皆さんに関心を持ってもらい、崇敬者を増やし、参拝の方を増やしたい・・・。

そこで数年前から祭典のときに神社の「いわれ」を書いたA4の紙を配って関心を持ってもらう、
先の日記で紹介した「縁起」を印刷して関係者に配る、
今年の例祭前から「嶋満神社便り」
嶋満神社便り8月号

嶋満神社便り9月号

を配って名目だけの奉賛会員に参加を促す・・・。

奉賛会長さんの熱いバックアップもあって、いろんなことをさせてもらってきました。

そして今度は遂に念願の「神社の看板」と言うのかどうか分かりませんが、鳥居横に「いわれを書いた看板」を設置出来ることになりました。

小山の上にある神社、下からは鳥居があるのみで道行く人には良く分からないのが実情ですが、この山上には由緒ある神社があるのだということを皆さんに知ってほしいという切実な願いです。

これによって元からこの町内に住まう人だけでなく、新しいマンションの住民の方々にも広く注目を浴びるようになるといいなと考えています。
看板設置予定場所
(画像は春のもの)

しかしひそかに恐れていることがあります。

「あいつがなんかすると金がかかってしゃあないなあ」

なんて言われることです(^_^;)
ま、そのためにみんなで会費を払って盛り上げてるお宮さんですから、有効に使わせてもらいましょ(^_^)v

そして狙い通り、お宮さんのお参りが増えればおさい銭も・・・ね。おっとこれは不謹慎。

でもやはり皆さんが関心をもって参拝していただき、また昔のように子どもたちの遊び場になったり、憩いの場所になったりするといいなと思います。

早く看板が出来ないかなあ。

きものや

Author:きものや
旧海軍時代の面影残る港町、田辺藩時代の街並み残る城下町、美しい海と山に囲まれた街、舞鶴で“きものや”を営んでいます。
歴史小説の好きなオヤジ(分身のような娘は嫁に行き)、正体不明な社会人の息子(中国、深圳あたりで暗躍中)、家中の全権を掌握する自称「上品な」奥さん、要介護1のじじ、同5のばばの面々でやってます。