嶋満神社

浮島嶋満神社の縁起

わが町内、浮島には古くから嶋満神社という小さなお宮さんがあります。

おそらくその創建は古代丸木舟の時代にまでさかのぼる事が出来るでしょう。その頃はもちろん「神社」としてでなく「祭祀場」のようなものだったのでしょう。

記録(伝承)に残るものとしては貞観年中(平安時代)までのものがあり、海辺の小さな神社としてはその格式も大変高いものです。

嶋満神社

私が、かねがね思っていたその神社の由緒書き・・・「縁起」が遂に完成しました。

個人的には前々から何かにつけて書き綴っていた文章があったのですが、今回それをまとめ、、奉賛会の会長さんと事務局の方とで「読みあわせ」をしていただき、奉賛会の公式書類として出してもらうこととなったのです。
嶋満神社の縁起

と言ってもウチの旧式レーザープリンターで長いことかかって印刷し、ホチキスで綴じたものに、背中に製本テープを貼っただけなのですが、表紙をつけるとなかなかのものに見えるでしょ。

しかも中には江戸時代の嶋満神社のまわりの新田開発の様子・・・海に浮かぶ小島が周辺の干拓によって陸地化していく様子を記した古地図が閉じこみ資料としてついています。
綴じ込み資料の古地図

具体的なことは先にリンクしたHPを見ていただければよいのですが、この神社はその成り立ちの性格上もともと「氏子」と言う人々が極端に少ない神社でした。そこで昭和に入ってから町内有志で「奉賛会」を作ってお祀りしています。

そしてその少ない氏子の一人の方が現在事務局をしていただいている方です。

そのお家には今も貴重な古文書が数多く残されており、今回の執筆に当って拝見することが出来ました。

綴じ込みの古地図もその方にコピーを頂いたものです。

古文書類は、内容的には今まで私が学んできた事柄と同じことで、「新発見」と言うものはなかったのですが(私は学者ではないので発見できる学もありませんが)先人たちが苦労してこの小さな神社をお守りしてこられた歴史の資料を目の前にしただけで、何かしら謙虚な気持ちになりました。

今までは自分が興味があるので「縁起」を調べて書いてみたい、と思う気持ちだけでしたが、古文書を見せていただいたことで心が素直になり、先人たちのご苦労と神社に対する崇敬の念を受け継がせて頂いたような気持ちになったのです。

思えば記録に残る「縁起書」としては一番古いものが約100年前、次が約70年前、最近のものは約30年前ですので、今回私が父の跡をついで奉賛会にデビューしたこの時期が、なにかしら新しい「縁起」を出す因縁めいたものがあったような気がしてなりません。

このことで町内の方が一人でも神社に関心を持ってお祭りしていただけるようになれば嬉しいなと思っています。

尚、この「縁起」は非公開と言うわけではないのですが、「奉賛会」の会員向けの資料です。一般には配布していませんので念のため。

「古地図」以外はデータとしてお見せできますので、関心のある方はお申し出下さい。(一応会長さんの許可を頂いてからにさせていただきます。)

追加  古地図はHPからの画像程度ならどうぞお持ち帰り下さい。
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きものや

Author:きものや
旧海軍時代の面影残る港町、田辺藩時代の街並み残る城下町、美しい海と山に囲まれた街、舞鶴で“きものや”を営んでいます。
歴史小説の好きなオヤジ(分身のような娘は嫁に行き)、正体不明な社会人の息子(中国、深圳あたりで暗躍中)、家中の全権を掌握する自称「上品な」奥さん、要介護1のじじ、同5のばばの面々でやってます。