舞鶴

「思いつき政治」の怖さ。

今日は、きものやは怒っています

また舞鶴市がこんなことで有名になってしまうのか

いや、もう既に「医療崩壊と住民無視の市政」で十分有名ですが。

舞鶴市の大懸案である医療再編問題で市長は、思いつきとしか考えられぬむちゃくちゃな案を市議会でぶっこいてしまいました。

舞鶴市民病院を療養病床に特化するために(ここまでは、いい。大方の市民がそれがいいと思っている。)なんと現在の東舞鶴から西舞鶴の日赤病院の隣の市有地へ移転させるなどと、のたまったのです。

病院の隣へ病院を

これが経営手腕を買われて市長になった人の、選択と集中、効率化の議論の行き着く先なのでしょうか。

いや、あそこの土地が空いてるから持ってけってなもんで、しょせんは苦し紛れの思いつきでしかありません。

ここでくどくど書くと拙い私の文ですので論旨がわかりにくくなります。そこである市会議員さんのブログをご紹介します。

この方は正論を述べておられると思います。

即ち 現市長は運動中から①箱物は作らないと公言されてきた。②市民の意見をよく聞いてから案を出すと言ってきた。この公約はどうなったのか。
そして誘致するといった土地は、別の目的・・・R27バイパスとの関係で議会が承認して購入したものである。

これらいきさつを全く無視して病院の数合わせだけのために突飛なことを言われたのでは病院と一緒に発展してきた、我が東舞鶴、浮島と浜地区の住民はたまったものではありません。

正しい知識と住民の合意と言う裏づけの無い政策は、いくら信念といってもわがままのごり押しでしかなくなってきます。

議会はしっかりと行政のチェック機能を果して欲しいと思います。

こんなむちゃくちゃな市長をいざとなれば不信任を突きつけるくらいの覚悟で、議会の解散も受けて立つぞという信念でやって欲しいと思います。

うろうろしてたらせっかく府から下りてくることになっている25億円を綾部市に取られちゃいますぞ。

あまり生々しい政治のことは書きたくなかったのですが、怒りに任せて書いてしまいました。ぷんぷん
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日常

高速道無料化実験が終わり・・・。

舞鶴道の無料化実験も終了し、俄然、国道には大型トラックが増えました。

当然我が家(我が社)のおもての国道には長台(トラック、トレーラーの通称)が列を成し、近くの信号でのゴーストップでは大きな音がします。それに最近では保冷車が増え、止まっているときの冷蔵のコンプレッサーの音には閉口します。

昨年は夜、窓を開けてもそんなに気にならなかったのですが(これはまあ、長年の慣れもあるのですが)今年はこたえる
エアコンを制限して扇風機を使おうという世間の流れですから、窓を開けないわけにはいかず・・・。

考えてみれば高速道をタダにしようなんてことは、土地代の高い我が国ではしょせん無理な話だったようです。

昔、外国へ旅行したときにガイドさんに、やれこの国の高速は無料だの、ガソリンの値段は日本の何分の一だの、と言われ、日本もそうなることが国際化、進化することだと思ってましたが、国によって事情が違うのですからこれも仕方ありません。

もちろん震災復興への財源のためならばこれはもう協力するしかありません。

しかしこの無料化、千円高速のそもそもの議論の始まりはガソリン価格の高騰で物流コストを低く抑えないといかん、と言うもので、物流業者の為にと言うのが発端だったのが、自民党政権の末期の選挙対策、人気取りの目玉に使われて趣旨が変わったしまったと言う記憶があります。

本当に物流を円滑にし、日本のものづくりを建て直し、被災地の復興を支援できるようにするためには、トラックこそ無料と言わないまでも、大幅割引を全国で取り入れるべきなのではないでしょうか。

「被災者はタダです」と証明書を渡されても、車を流されたり避難所から出ることが出来ない人たちにはあまり意味のないことのように思えます。

さて大きな話をカッコよく(?)しましたが、一方、舞鶴道の片道1車線区間で前方に連なる長台の山脈のような列を見るとがっくりするのは私だけではないと思います。
しかも無料化中は峠に差しかかると50キロくらいしか走れない大型も大きな顔で走ってたわけですから、「タダだから」と我慢してたのが、有料になるとちょっと我慢もできかねると言うもの。
それも困ったもんやなあ。

物流業者の方、勝手なことを書いて上げたり下げたりでゴメンナサイ。

みんなが満足する政策と言う物はなかなかないとは思いますが、しかし、やっぱり日本の高速道料金はちょっと高いと思いますがね。

くどくど書いてすみません。利害関係のある方にはお詫びします。

日常

「江」のふるさと小谷城

大河で話題の「江」のふるさと、長浜市、小谷城跡へ登ってきました。

「日本フルハップ」(中小企業健康福祉財団)の健康づくりセミナー「長浜ウォーキング」に抽選で当ったので、こんなことでもないとなかなか出られないし、思い切って行ってきました。

インストラクターさん
長浜駅前で、インストラクターのお姉さん方がお出迎え。
これで「よしッ!今日一日がんばるぞ!」と思ってしまうのだから、スケベオヤジは単純なもんです。
(お顔を紹介できないのが残念です)

JR河毛駅前からスタート
スタート地点は長浜の二つ先のJR河毛駅前。
まだ皆さん余裕の表情。

小谷山へ向かって
はじめに丁野山(ようのやま)古砦から村落を抜け、浅井家発祥の地、岡本神社などを巡り、R365を渡って小谷山西麓の浅井亮政、脇坂安治生誕の地へ。
浅井亮政生誕の地
「ちょっと歩くペースをつかんできたぞ」ってくらいの感じでしたが、ここで一部山道をカットして小谷山登山に集中するとの事、「あッそッ!」って感じ。

ともかくちょっと早めに昼食で休憩。
昼食
ハイ、ご馳走様でした。

さて、北国脇往還を抜けていよいよ小谷城跡登山口へ。
北国脇往還沿い

北国脇往還沿い

まずは麓の資料館へ。
戦国歴史資料館
なんかチャチな仮設っぽい建物でしたが、元児童施設の建物を国の補助を受けて改修した立派な資料館とのこと。
大変失礼しました。

登山道入り口
登山道入り口においてある杖。
みなさん「あった方がええの、邪魔になるの」と、なんだかんだ言ってましたが、お借りして行って助かりました。
まだまだ道半ば。
望笙峠はまだまだ道半ば。
途中で車道と何度か離合しながら登っていきます。
標高は495メートルということで「ああ裏山くらいのもんやな」とタカをくくってましたが、なんのなんの、石ころだらけの尾根道を一気に上る感じで、結構しんどかったです。

桜馬場跡

桜の馬場からの眺望
大河「江」のロケが行なわれた桜の馬場と、そこからの眺め。
竹生島が見える・・・・ハズでしたが、残念。
でも梅雨の晴れ間で晴天だっただけ良しとしなければ。

ボランタリーガイドさん
小谷城跡の風景については実に多くの方々がブログで紹介しておられるので、ここでは画像は省きますが、お世話になった長浜市観光協会のボランタリーガイドさんには敬意を表したいと思います。

わが町舞鶴でもそうですが、訪れる人々に少しでも良く町のことを知ってほしいという熱意が、この町を支えていくんだと思います。
ありがとうございました。
我々歴史ファンにとってはインターネットやガイドブック、歴史書の知識だけでなく実際の場所に行き、同じ景色を眺め、同じ空気を吸うことがとても大事な気がします。
その意味でもちょっと無理して出かけてよかったなと思います。

姉川古戦場跡
さて下山後のご褒美でしょうか、バスにて姉川古戦場跡、浅井三代のお墓のある徳昌寺などを回って夕方無事予定通り解散と相成りました。

今回ご一緒させていただいたのはみなさん中小企業の経営者さん(私もですが)、それもいろんな意味で元気な方々でした。
日頃狭い町の中でしか交流のない私にとってはいい刺激になったし、明日への活力となったような気がします。
おまけに登山をひかえて、ということで少しお酒も控えめにしたこの数日間でしたし、いつものウォーキングにも少し身を入れてたので、こりゃもう主催者の趣旨にぴったりはまってた感じですね。

日本フルハップの福利厚生事業への応募も、これからは単なる芸能やスポーツの催しだけでなく、こうゆう健康関係のものやふれあいのあるものにも、応募してみたいと思います。

フルハップさん、どんどん当ててくださいね。宜しくお願いします。
いや、その前、に大変お世話になりました。ありがとうございました。ぺこり。

きものや

Author:きものや
旧海軍時代の面影残る港町、田辺藩時代の街並み残る城下町、美しい海と山に囲まれた街、舞鶴に住んでいます。
歴史小説の好きなオヤジ(分身のような娘は嫁に行き)、正体不明な社会人の息子(中国、深圳あたりで暗躍中)、家中の全権を掌握する自称「上品な」奥さん、要介護1のじじ、同5のばばの面々でやってます。