舞鶴

久しぶりに舞鶴の壁紙

今年も桜が咲き、その季節も舞鶴ではいよいよフィナーレを迎えようとしています。

先日新しいデジカメを買ったので試しに桜を撮りに出かけてきました。
舞鶴湾、クレインブリッジと桜

舞鶴湾、イージス艦「あたご」と桜

例によって壁紙サイズに加工しました。
よければお持ち帰り下さい。
こちらです。

医療センター前の桜
ここは舞鶴のお花見の定番スポット、医療センター前です。

我が母校の小学校と川の境の土手にも見事に咲いていました。
いつもは開いていないフェンスが開けられていたので、少し入らせてもらって撮影してきました。
校長先生の粋な計らいなんでしょうか。
小学校の桜

やはり桜は日本人にとって何か特別の思いを抱かせる存在のようです。

今日の雨で散ってしまうんだろうな。
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日常

被災地への思いと自粛

この一ヶ月間、いろんな思いが渦巻いて思うように更新が出来てません。

悲しみ、怒り、少しのエピソードに心を救われ、ニュースを見てはウルウルの日々。

多分日本中の人がそうなのでしょう。

しかし悲しい思いに沈んでばかりいては先行きしないので、元気を出して更新して行こうと思います。

少し前の読売新聞の社説に

「過度の自粛は日本経済を縮ませる。被災しなかった西日本が東日本を助ける意味でも、日本経済のためにも、過度に自粛せず、つとめて普通の消費活動をしよう。それを首相が国民に呼びかけるべきだ。」

と書いてありました。

全くその通りです。

被災地への思いは思いとして、幸いにも被災を免れた私たちまで萎縮してしまっては東日本の方々のためになりません。普通の消費行動をとろう。

お花見もしよう。イベントもやろう。

ただ単純に、無難にお役所仕事のように「やめとこか」では経済が回らなくなるでしょう。

決して浮かれるわけではなく、イベントでも形を変えて、鎮魂や復興への願いを込める意味を持たせることも出来るだろうと思います。

むしろイベントの意味をもう一度考え直すいい機会じゃないですか。

幸い世間でも「自粛見直し」の機運が生まれてきているようです。

社説にもあったように、大酒を飲んで醜態をさらすのは論外としても、被災地から「東北の地酒を飲んでください」と言う訴えもあることですし、私たちが変わらぬ消費活動をすることが募金に勝るとも劣らぬ支援になると信じてやっていきたいと思います。

きものや

Author:きものや
旧海軍時代の面影残る港町、田辺藩時代の街並み残る城下町、美しい海と山に囲まれた街、舞鶴に住んでいます。
歴史小説の好きなオヤジ(分身のような娘は嫁に行き)、正体不明な社会人の息子(中国、深圳あたりで暗躍中)、家中の全権を掌握する自称「上品な」奥さん、要介護1のじじ、同5のばばの面々でやってます。