プチ一人旅

高野川

西舞鶴の市街地を流れる高野川、古くは田辺藩時代の城下町の総堀の役目を担い、近世は舟運の要港として栄え、今は往時の面影を残す観光スポット。

近々その堤防の大改修で景色が大きく変わりそうだというので、少しブラブラしてきました。

高野川河口1
まずは河口の様子。
昔はここから定期船(ポンポン船)が出ていて、通勤通学の足でした。
高野川河口2
高野川の裏手を並行して流れ、河口で合流する伊佐津川の支流?付近。

この川の源はどこだろう?
町中に堀や運河の跡が残り、今は暗渠になっているので、その道の人に聞かないとわかりません。
タモリさん、おせーて!

河口付近には立派なおうちや蔵も建ってます。
1804-2.jpg

繁栄の跡
繁栄の跡

さて本題。
R175から上流を見る
国道175号線の橋から高野川上流を見ます。
西舞鶴の人たちは、こちらは「新橋」で、後で紹介する狭い橋(失礼!)を「大橋」と呼んでいます。
その「新橋」
新橋

高野川界隈
右岸より下流を見ています。

高野川界隈2
「大橋」より上流を見ています。護岸は石積みですね。

静かな街並み
静かな街並みですが、空き地も目立ちます。

古い酒屋さん
古い酒屋さん

大橋
「大橋」と説明版。橋の向こうは先日登った「愛宕山」
東舞鶴の人間からはこれが「大橋」というには少し違和感がありますが。
説明版
なるほど、西舞鶴の人たちにとってはこの橋は「特別な存在」だったということがわかります。

大橋を挟んだ田辺城籠城戦での戦いは、安倍龍太郎の小説「関ヶ原連判状」にも詳しく出てきますね。

ともあれこの町なかを流れる川の堤防大改修となれば完成の暁には相当景色も変わっているのでしょう。

地元の方々にとっては大問題でしょうが、無事終わって浸水被害が無くなることを祈っています。

最後は「大橋」近くの和菓子屋さん「みやした」さんで買った「水まんじゅう」。
水まんじゅう
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プチ一人旅

若狭小浜へ その2

前回は電車で一人盛り上がってしまい、小浜へ着く前に終わってしまいましたが、さて街歩き編。
気分はもうタモリですな。

駅から真っすぐ市役所へ向かう新しい道は避けて、わざとその横を斜めに走る旧商店街へ。
裏道には面白い看板があります。
桑港
なんて読むのか、もちろんわかりますよね。

こんなのも。
ゴリラ
胸をたたいて歓迎してくれそう。

「ちりとてちん」資料館
ちりとてちん
すごいですね、10年も前の「朝ドラ」を、まだまちづくりのネタにしなきゃならない寂しさ。

八百比丘尼入定の洞窟のある空印寺や、放生祭りの八幡神社は軽くお参りだけしてスルー。
空印寺と八幡宮

町並みを生かした新しい道と「まちの駅 旭座」
まちの駅、旭座
この一角だけが異常に近代的、ここまでする必要、あるのかな。

裏通りにはたくさん魅力的な建物が残ってます。
古い建築
写真右下のおうちでは、表から眺めてたらご主人が招き入れてくださり、土間にある井戸からは海の際なのにいい水が出ることや、前の持ち主から買い取った経緯などを話していただきました。
古い店舗
昔は海運、貿易で栄えたんでしょうね。

鯖街道資料館と商店街
鯖街道の起点、商店街と資料館。
まだ今でも鯖を焼きながら売ってるんや!

焼鯖寿司
焼き鯖ずしの工場直営販売所には大型バスが横付け。

食の文化館
昔子供たちと行った「食文化館」前の足湯。

まだまだ紹介し足りませんが、今日はこの辺で。
最後に約30年ぶりに買い物に行った、越前和紙のお店でおみやげ購入。「越前和紙の店、おおえ」さんはこちら→
「越前和紙の店おおえ」さん
今回は電車に乗るのが目的だったので、限られた時間、駆け足でしたが、いずれもっとゆっくりと小浜を堪能したいと思います。
その時までさらば、小浜。

プチ一人旅

プチ電車旅、若狭小浜へ

電車に乗りたくなって、お休みを利用して若狭小浜へ行って来ました。

いつもは車での移動ばかりで、たまには電車も、と思っていたのですが、やっと実現しました。

さて切符を買って橋上駅、東舞鶴の小浜線ホームへ。

おっと、いきなり若狭ご当地ゆるキャラのラッピング車輌!
ゆるキャラのラッピング車輌2

おお、敦賀のゆるキャラ「ツヌガ君」も。
ツヌガ君

この「ツヌガ君」は古事記に出てくる、大陸から日本に来ていたという朝鮮の王子「ツヌガアラシト」をモデルにしています。

この人は我が嶋満神社祭神である「応神天皇」とも少なからず関係のある人…。
そしてもちろん、この名前が「敦賀」の語源となっています。

電車に乗る前からいきなり盛り上がってしまいました。

さて発車、市街地の高架を過ぎて田園地帯へ。

電車、早えぇ~!

普通電車仕様の車両で、しかもロングレールで都市部や地下を走る阪急電車なんかと違ってこの体感スピードは何だ!

畑も飛ぶ飛ぶ家も飛ぶ~♪という童謡が頭をよぎる。感動ものだ。

松尾寺を過ぎて青葉山の下を抜けるトンネルへ。

お、トンネルの手前を過ぎると、あとはそのトンネルを福井県側へ向かって下ってゆく。

このあたりの線路の最高点は舞鶴側か、と実感する。

三松を過ぎると車窓はるかに海が見える。

子供のころ、父親の軽自動車で海水浴へ連れて行ってもらう時、ここまで来ると「海が見えた~!」とテンションが一層高まったものです。

若狭高浜、和田を過ぎ、国道27号線とつかず離れず東を目指す。

この辺りも原発のおかげで豊かになったものだ。

本郷、加斗、勢浜を過ぎて後瀬山(のちせやま)の下のトンネルにかかる。

お、ここもトンネル手前が最高点で、小浜へ向かってトンネル内を一気に下っていくのか。
車で国道を走ると、トンネルの中で信号待ちに引っかかる嫌な場所だ。
でもここは一気に小浜市街地へ。

昼間の閑散時でここまで約50分、対向列車との列車交換(すれ違い)もないのか、と思っていたら小浜駅で東舞鶴行きが待っていました。
小浜駅にて
小浜駅で見つけた蒸気機関車時代の名残。

さあ、小浜駅で腹ごしらえをして(けちけち旅なのでローソンの握り飯・・・ポイントで交換したやつ)少しの時間、街歩きをしよう!

というところで長くなるので、前半終了、小浜の街歩き編は次回に繰り越し!

プチ一人旅

愛宕山登山

西舞鶴の愛宕山へ登ってきました。
標高200メートル余り、友人の散歩コースとかで、よく話を聞くので、久しぶりに登ってみることに。

円隆寺さんの境内へは横から車で入れます。桜がきれいです。
円隆寺さん

立派な本堂に無事を祈って参拝。
円隆寺さん2

多宝塔の横から登ります。
多宝塔の横を

いきなりハードな石段が続く・・・。
ハードな石段

秋葉さんの鳥居
鳥居

秋葉さんの横からは普通の山道が続きます。
秋葉さん横から

道中、四国八十八ヵ所が祀られています。ま、まだ42番!?
四国八十八ヶ所
前回私が登ったのは、もう25年も前のこと、あの頃はこんなにハードに感じなかったなあ、四半世紀前と言えば、桁から言えば戦後70年というのと大して変わらんもんなあ、などとぼやきながらさらに上を目指します。

ヤマツツジに癒されて登ります。
ヤマツツジ

こんな桟道も。
桟道

おお、見えたぞ!
愛宕権現
と思ってたら先客さんが鐘をつきます。ご~ん。
鐘をつく人

その先客さんに写真を撮ってもらう。
記念撮影

私も鐘をつきましょう。
鐘をつく

頂上からの眺め。
頂上からの眺め

用意してきたお供えのカップ酒を、先客さんに教えてもらって横手の扉から差し入れ。
お供え
しもた!祠は3つ、お供えは2つしか用意しとらん!
ま、次は必ず用意してきますので、ご勘弁を。

まだ登り始めてから30分ほどしか経ってないので、本堂横の道から朝代さん(朝代神社)へ降りる道を探検。

とれとれセンターまで25分の標識。ちょっとこちらも探検。
とれとれセンターまで25分
この道はずいぶん荒れています。

倒木に阻まれて気が萎える。引き返しましょう。
倒木

再び標識から朝代さんへ降りる道を行く。

この道は整備されています。
朝代さんへ降りる道

よい眺めです。
眺望

ここでもう一度頂上へ帰って少し早いお昼にします。
用意してきたローソンのおにぎり弁当。
ローソンのおにぎり弁当

さてお腹が大きくなったので、降りることに。

満開の桜が「お疲れさん」と癒してくれました。
満開の桜

四国霊場の石像は登ってみてわかったのですが、円隆寺さんからの登山道と朝代さんからの両方に分けて祀ってあるので、頂上が八十八番というわけではないんですね。途中ちょっとビビりましたが。

友人の「散歩道」というにはちょっとハードでしたが、市街地にあり、割と気軽に登れる山だし、頂上にはお参りする愛宕権現さんもあり、そういう意味では目標もあっていいコースですね。

またいつか登って鐘をついてきたいと思います。

きものや

Author:きものや
旧海軍時代の面影残る港町、田辺藩時代の街並み残る城下町、美しい海と山に囲まれた街、舞鶴に住んでいます。
歴史小説の好きなオヤジ(分身のような娘は嫁に行き)、正体不明な社会人の息子、家中の全権を掌握する自称「上品な」奥さん、要介護1のじじ、同5のばばの面々でやってます。