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プチ一人旅

太閤さんにお会いしてきました。

京都東山、阿弥陀が峰の頂上にある太閤秀吉さんのお墓、太閤廟にお参りしてきました。

この日は三十三間堂の「通し矢」、新成人の大的射会。
ウチの奥さんが息子の後輩たちの着付けを頼まれているので、はるばる京都まで有料とはいえ半分以上ボランティアで毎年行っています。

で、私は運転手、奥さんのお仕事中はヒマなので、去年に引き続きプチ一人旅となったわけです。
去年の記事はこちら→

さて太閤廟
太閤廟1
「京女」前の坂を上ります。
太閤廟2
参道脇の社務所で100円を納めていざ。
太閤廟3
ココを登ります。
こけたら怖いよ。
太閤廟9

この石段を走って上り下りし、トレーニングをしている人が結構いたのにはオドロキ。
太閤廟4
途中に立派な門。
石段の数を数えてやろッと思ってましたが、途中ですれ違う人たちとあいさつを交わしているうちにわからなくなってしまいました。
(段数は最後に。)
門をくぐるとさらに急な石段。

やっと到着。
太閤廟5
まあなんと立派なお墓じゃありませんか!
人がいないと大きさがわからないので、急遽ワタクシが生出演。
太閤廟6

しばらく休憩したら降りましょう。
太閤廟7
下からにぎやかな声。

降りたら社務所のおじさんが出てきて、
「もうすぐ梅が咲きますよ。」
と、嬉しそうに話してくれました。

さてこの阿弥陀が峰ふもと一帯も豊国神社の境内地で、
プリンセスラインという2005年に新規参入したバス会社の車庫になっていました。
プリンセスライン
京女の学生さんが多く乗るから「プリンセス」なんでしょうかねえ。
プリンセスライン2

さて先ほどの石段の合計は・・・画像をご覧ください。
登拝券

奥さんの仕事終了までもう少し時間がありそうなので、同じ太閤さんつながりで、「耳塚」も行って来ましたが、
又何かの機会に譲りましょう。
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プチ一人旅

敦賀を観光し倒す。(敦賀を極める) 第2部

さてここからは7月1日の記事で紹介できなかったスポットと併せて、2回の敦賀の旅をごちゃまぜにしてお送りしましょう。

金ケ崎登り口にある旧敦賀港駅ランプ小屋
敦賀鉄道ランプ小屋
初期の鉄道には欠かせなかった存在。
中々シブいスポットです。

今は市立博物館になっている旧大和田銀行。大和田獏さんのご先祖様の会社だったとか。
敦賀市立博物館
重厚な造りがいいですね。
銀行の中

山車(やま)会館
山車会館
敦賀まつりで巡行する山車の展示だけでなく、大谷刑部のコーナーもあってマニアにはたまらんぞ。
山車会館

ところで私が今回、第2回目の敦賀行きに選んだ日にちは10月21日(第3日曜日)です。
これにはワケがあって、このあたりの(博物館通りと言います)各博物館は毎月第3日曜に開かれる朝市に合わせて入館無料になるのです!
前回は6月17日(日)に偶然訪れてラッキー感満載、今回はいわば確信犯としてこの日を選んだのでありました。

もちろんお礼、というか記念のグッズは買って帰りましたよ。

さてムードある「博物館通り」の街並み。
博物館通り
右上 紙わらべ資料館(もちろん今日は無料)
右下 旧敦賀酒造さん
左下 晴明神社

今度は港の方を見てみましょうか。
敦賀で欠かせないもの、それは舞鶴と同じで「赤レンガ倉庫」です。
敦賀の赤レンガ倉庫
中をのぞくと・・・
赤レンガ倉庫の中
ヒャー! 「なんか文句あるか!」と言った感じのカフェやスィーツのショップの賑わい。

舞鶴市の赤レンガとは全く「売り方」が違います。
赤レンガの良さをじっくり味わってもらう舞鶴市の売り方も間違いではない、いやわかるんだけど、敦賀市の「とりあえず人を呼ぼうぜ」というのも「アリ」なんじゃないかなあ。

お金を落としてもらって初めて観光都市として成り立つ、という考え方もあるのでは・・・。

ともあれ、この辺りは「金ケ崎緑地」といって港に面した広い場所、赤レンガだけでなく、旧敦賀港駅舎、杉原千畝の記念館もあり、
海の見える一帯が誠に心地よい空間になっています。

漁港の方にも見どころはたくさん。周遊バスは「お魚通り」という停留所です。
洲崎の高灯籠
日本海側で最古の和式灯籠、洲崎の高灯籠。
お魚通りバス停
お魚通りバス停。コミュニティバスは「漁協前」。

お次は2回とも時間がなくて行けなかったソースかつ丼の「ヨーロッパ軒本店」
ヨーロッパ軒本店

最後は駅前の平和堂で買った地酒。
地酒
「レジ袋いらん」と言ったらシールを貼ってくれた。
帰りの電車の中で反省会…と言っても呑んでませんよ。
画像やパンフレット類を確かめただけ。

電車、バスの公共交通と徒歩で巡る旅は車とは違ういろんな制約もありますが、行く先々で駐車場を探す手間もいらず、案外こちらの方が自由かも。

スロートリップ、なかなかいいですよ。冬がすんで又暖かくなったら今度はどこへ行こうかな。

はい、とりあえずお疲れさんでした。


補。
前回のバスのペインティング、今回のバス停表示の松本零士シリーズはなんでか?
それはこちらで説明してくれています。

話のついでにもう一つ、松本零士シリーズで画像を。
銀河鉄道999のモニュメント
メーテルや鉄郎もいけど、やっぱ佐渡酒蔵ですな。

ではまた次回。

プチ一人旅

敦賀を観光し倒す。(敦賀を極める)

去る6月に続き、福井は敦賀の町を観光してきました。

前回の記事は「気比神宮のお詣り」ということでそのカテゴリは「嶋満神社」でした。

今回の主目的は「金ケ崎宮」です。
金ケ崎宮拝殿
金ケ崎と言えばあの有名な信長の「金ケ崎の退き口」。
その跡を見たくて行って来ました。さあ、どこまで書ききれるか…。

敦賀駅からは周遊バスが毎日出ています。観光シーズンだけの舞鶴市とは大違い、いつ行っても「あて」にできる心強さがあります。
ぐるっと敦賀周遊バス
金ケ崎へ登る入口の駐車場付近には旧国鉄の敦賀港線の線路と踏切、鉄道用ランプ小屋がそのまま残されていて、レトロないいムードです。
旧敦賀港線の線路
さあ、金ケ崎へ登りましょう。
登り口

ここは「境内地の大部分が金ヶ崎城の旧跡で、その重要な史跡の多くは神域内にあり、国の史跡である」とHPには書かれています。
神社へは石段を上るとすぐ、金ケ崎の入り口といった感じです。
金ケ崎宮鳥居

秋晴れの良いお天気なので境内では神主さんのお衣裳の虫干し中。おっと、こりゃ失礼。
お衣裳の虫干し中

石碑を後に、月見御殿跡へと「花換えの小径」をゆるゆると登ります。この辺りはまだ楽勝ムード。
花換えの小径
ちなみに境内にあった案内版。
案内図
月見御殿跡(南北朝時代の本丸跡)からの眺め。海抜86メートル、金ケ崎の最高点らしいです。
月見御殿跡からの眺め
見えているのはセメント工場。(このことをよく覚えておきましょう)

さてここから三の木戸あと、二の木戸あと、一の木戸あとを巡って、尾根伝いに手筒山城址へ行ってみましょう。
竪堀跡
ここからは竪堀や堀切が連続し、そのたびにアップダウンを繰り返します。しかも石段が多くてかなりきつくなります。
トレッキング用のシューズで来てよかった。
手筒山へ、だんだんきつくなる
ネットの世界ではいろんな方々がここの記事も書いておられて、簡単に登れるような印象でしたが、やはり実際に来てみるとかなり違う部分もありますね。気をつけましょう。

さあ、見えたぞ。
ああ、見えたぞ、見張り台跡。
上には不思議な、と言うかなんか場違いな感じの展望塔。
展望塔
上からは敦賀湾、気比の松原がよく見えます。
展望塔より
山歩きの疲れも吹っ飛びます。

と言ったところでちょっとした休憩設備を見つけてお昼に。
エキナカセブンで買ったおべんと。今日は観光中心で、名物のソースかつ丼はまたの機会に。
おべんと

おべんとを食べながらラムサール条約に登録されている「中池見湿地」を眺めます。
中池見湿地

下山して社務所でおみやげのお守りを買いました。難関突破のお守り!(画像は帰ってから写したもの)
難関突破のお守り
この形はあの信長のi妹、市が信長に送った「急を知らせるあずき袋」から来ています。
白い方は歴女の娘(今は人妻)のため、紫は自分用。

さてお守りを買う時に宮司さんから「いいお話」を聞かせていただきました。

宮司さん 「ここは昔、三方を海に囲まれた山城で、手筒山の方からしか攻め口がない、固い城でした。」

私 「籠城するのに水はあったんでしょうか?」

宮司さん 「上からセメント工場が見えたでしょ。この山は石灰岩でできているので水を多く含みます。井戸も掘りやすいので籠城にも耐えられたでしょう。ここの手水屋のところにもいい井戸がありますでしょ。」
そのセメント工場(尾根から見ています)
セメント工場

私 「なるほどそれで要害と言われたんですね。」

宮司さん 「それも鉄砲が普及するまでのことですけどね」 …さすが!

長くなるので観光の続きは次回に…。第1部終わります。

プチ一人旅

京都丹後鉄道に乗ってきた。

京都丹後鉄道に乗ってきました。

いや、正確に言えば、去る7月8日の西日本豪雨の被害で、がけ崩れのため不通になっている東雲~西舞鶴区間の臨時代行バスに乗ってきました。
別に用事があったわけではありません。
ただ、代行バスに乗りたかったんです。
な~んでかッ!?

ひょんなことで西舞鶴~東雲間の一駅である四所駅で、このバスを見かけたからなんです。

突然無人駅に不似合いな豪華な観光バスがやってきて停車し、ドアが開いたと思ったら元気できれいなガイドさんが降りてきて、
「西舞鶴行き代行バスで~す、お乗りのお客様はいらっしゃいませんかぁ~」と言うではありませんか。

お、これがニュースで言ってた代行バスか!えらい豪華やんか!
そらそうや。京都丹後鉄道の親会社は「ウィラーエクスプレス」ってバス屋やんか。
「あ~これ、乗ってみたいな。」
そのとき思ったのですよ。

もちろん日々の通勤通学に乗り換えを余儀なくされている沿線の利用者の方々にとっては不謹慎な話です。
でもね、私の乗車賃が少しでも京都丹後鉄道の収益改善につながればいいじゃありませんか。

ってわけでついでに宮津まで観光がてら行ってきたというわけです。

おー、JR西舞鶴駅前に待っててくれてるじゃありませんか。
元気できれいなガイドさんもいますよ。
京都丹後鉄道臨時代行バス
さて出発。ウキウキしますな。
臨時代行バス車内
宮津までは570円。

京都丹後鉄道車内
日曜ですが、割とすいてるね。
列車外観は宮津駅にて。

かの有名な富田屋さんを横目に、いざ、観光へ。(観光はついでなんですが)
富田屋
三上家住宅山王日吉神社など、以前にも行ったスポットを軽く見て歩き、参拝し、最近できたという「おさかなキッチン」を視察に。
海鮮丼
ふむふむ、自分で作る海鮮丼か。これいいな。ま、覚えておこう。
そして昼食はやっぱり「富田屋」さんだな。

もう一度駅前の富田屋さんへ戻ると、な、ナント!
行列ができてるではないか!
富田屋の行列
日曜日やもんな。しゃあない、さっき見つけておいた洋食屋さんへ行くとするか。

精養軒さん
精養軒
こうゆう裏手の通りに(失礼、昔は町なかだった)歴史あるいいお店があるんですよね。
ハヤシライス、うまかった!

といったところでぼちぼちお時間、また丹後鉄道で帰るとしましょう。
保線係さん
帰りの車内。
まだ一部路盤工事中とかで、保線係さんが同乗して目視で確認しながらの運行、ご苦労様です。
東雲駅での列車交換
東雲駅での列車交換。

駅前も代行バスの「行き違い」でにぎわってます。
東雲駅前
「わざわざ止まっとる電車に乗りに行くやつの気が知れん」などと友人にからかわれたプチ一人旅、こうゆうこだわりもいいもんですよ。

あ~楽しかった。おしまい。

プチ一人旅

高野川

西舞鶴の市街地を流れる高野川、古くは田辺藩時代の城下町の総堀の役目を担い、近世は舟運の要港として栄え、今は往時の面影を残す観光スポット。

近々その堤防の大改修で景色が大きく変わりそうだというので、少しブラブラしてきました。

高野川河口1
まずは河口の様子。
昔はここから定期船(ポンポン船)が出ていて、通勤通学の足でした。
高野川河口2
高野川の裏手を並行して流れ、河口で合流する伊佐津川の支流?付近。

この川の源はどこだろう?
町中に堀や運河の跡が残り、今は暗渠になっているので、その道の人に聞かないとわかりません。
タモリさん、おせーて!

河口付近には立派なおうちや蔵も建ってます。
1804-2.jpg

繁栄の跡
繁栄の跡

さて本題。
R175から上流を見る
国道175号線の橋から高野川上流を見ます。
西舞鶴の人たちは、こちらは「新橋」で、後で紹介する狭い橋(失礼!)を「大橋」と呼んでいます。
その「新橋」
新橋

高野川界隈
右岸より下流を見ています。

高野川界隈2
「大橋」より上流を見ています。護岸は石積みですね。

静かな街並み
静かな街並みですが、空き地も目立ちます。

古い酒屋さん
古い酒屋さん

大橋
「大橋」と説明版。橋の向こうは先日登った「愛宕山」
東舞鶴の人間からはこれが「大橋」というには少し違和感がありますが。
説明版
なるほど、西舞鶴の人たちにとってはこの橋は「特別な存在」だったということがわかります。

大橋を挟んだ田辺城籠城戦での戦いは、安倍龍太郎の小説「関ヶ原連判状」にも詳しく出てきますね。

ともあれこの町なかを流れる川の堤防大改修となれば完成の暁には相当景色も変わっているのでしょう。

地元の方々にとっては大問題でしょうが、無事終わって浸水被害が無くなることを祈っています。

最後は「大橋」近くの和菓子屋さん「みやした」さんで買った「水まんじゅう」。
水まんじゅう

酒呑みオヤジ

Author:酒呑みオヤジ
旧海軍時代の面影残る港町、田辺藩時代の街並み残る城下町、美しい海と山に囲まれた街、舞鶴に住んでいます。
歴史小説の好きなオヤジ(分身のような娘は嫁に行き)、正体不明な社会人の息子、家中の全権を掌握する自称「上品な」奥さん、要介護2のじじ、同5のばばの面々でやってます。