日常

サボテンが咲いた!

サボテンの花
今日は写真だけ。
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日常

水越けいこ 、再び

覚えておられるでしょうか、1970年代、TBSの朝8時台の番組「8時の空」。

TBS系列各局の朝の空模様を日本列島、北から南へ映しながら、スタジオでは田中星児と水越けいこがギターを抱えていろんな
歌をライブで歌う10分ほどの短い「つなぎのような」番組。

でも楽しい時間だったなあ。

ここからはあの「ビューティフルサンデー」や「お弁当箱の唄」などのヒット曲が出ましたね。

社会人なり立ての私は、当時の職場への出勤前、その「けいこちゃん」の笑顔に勇気づけられ、ファンになり、

職場でも「これっくらいの、おべんと箱に、おにぎりおにぎりちょいとつめて・・・」なんて、マネしてたものでした。

LPレコードも買いました。
水越けいこ1

水越けいこ2

帰郷して家業を継ぎ、結婚、忙しく過ごすうちに長い間忘れていた彼女を、ふとしたことからYouTubeで見つけたときは感動モノでした。

やはり私と同じように彼女のファンがいて、動画をアップしてくれてたようですね。うれしかったですよ。昔の彼女に会ったよう?

そんな怖いこと、よう言いまへん。

冗談はさておき、今でもけいこちゃんが活躍してることがうれしかったです。

水越けいこTV
「ほほにキスして♪」とテレビで歌ってた頃。

私生活では離婚や子供さんのこと、いろんなことがあったようですが、頑張っているのがホント、うれしかった。

彼女の何がいいかって?

歌唱力と表現力。どんなジャンルもしっかりと自分のモノにして聞かせてくれるところ。

「シングルガール」「めぐり逢いすれ違い」のような大人の女の歌、「幸せをありがとう」「ほほにキスして」のような純な歌、「星の
子守歌」「地図」のような少年少女のころを思い出すようなメルヘンチックな歌、「Too far away」「歌って死ねるなら」のように歌
唱力を要求される歌、どの歌も彼女の世界へしっかり引き込んでくれます。

そして私が一番好きな歌は「東京が好き」です。

いずれもYuoTubeに上がってますが、いろいろ問題があるといけないので、リンクは貼りません。

どうぞ検索して聴いてみてください。

寝る前のひと時、彼女の歌を聞きながら、少し甘口の日本酒を冷やで頂く、これはいい「癒し」になりますよ。

(画像はヤフー画像検索からお借りしました。どなたか知りませんがありがとうございました。)

日常

高野川

西舞鶴の市街地を流れる高野川、古くは田辺藩時代の城下町の総堀の役目を担い、近世は舟運の要港として栄え、今は往時の面影を残す観光スポット。

近々その堤防の大改修で景色が大きく変わりそうだというので、少しブラブラしてきました。

高野川河口1
まずは河口の様子。
昔はここから定期船(ポンポン船)が出ていて、通勤通学の足でした。
高野川河口2
高野川の裏手を並行して流れ、河口で合流する伊佐津川の支流?付近。

この川の源はどこだろう?
町中に堀や運河の跡が残り、今は暗渠になっているので、その道の人に聞かないとわかりません。
タモリさん、おせーて!

河口付近には立派なおうちや蔵も建ってます。
1804-2.jpg

繁栄の跡
繁栄の跡

さて本題。
R175から上流を見る
国道175号線の橋から高野川上流を見ます。
西舞鶴の人たちは、こちらは「新橋」で、後で紹介する狭い橋(失礼!)を「大橋」と呼んでいます。
その「新橋」
新橋

高野川界隈
右岸より下流を見ています。

高野川界隈2
「大橋」より上流を見ています。護岸は石積みですね。

静かな街並み
静かな街並みですが、空き地も目立ちます。

古い酒屋さん
古い酒屋さん

大橋
「大橋」と説明版。橋の向こうは先日登った「愛宕山」
東舞鶴の人間からはこれが「大橋」というには少し違和感がありますが。
説明版
なるほど、西舞鶴の人たちにとってはこの橋は「特別な存在」だったということがわかります。

大橋を挟んだ田辺城籠城戦での戦いは、安倍龍太郎の小説「関ヶ原連判状」にも詳しく出てきますね。

ともあれこの町なかを流れる川の堤防大改修となれば完成の暁には相当景色も変わっているのでしょう。

地元の方々にとっては大問題でしょうが、無事終わって浸水被害が無くなることを祈っています。

最後は「大橋」近くの和菓子屋さん「みやした」さんで買った「水まんじゅう」。
水まんじゅう

日常

若狭小浜へ その2

前回は電車で一人盛り上がってしまい、小浜へ着く前に終わってしまいましたが、さて街歩き編。
気分はもうタモリですな。

駅から真っすぐ市役所へ向かう新しい道は避けて、わざとその横を斜めに走る旧商店街へ。
裏道には面白い看板があります。
桑港
なんて読むのか、もちろんわかりますよね。

こんなのも。
ゴリラ
胸をたたいて歓迎してくれそう。

「ちりとてちん」資料館
ちりとてちん
すごいですね、10年も前の「朝ドラ」を、まだまちづくりのネタにしなきゃならない寂しさ。

八百比丘尼入定の洞窟のある空印寺や、放生祭りの八幡神社は軽くお参りだけしてスルー。
空印寺と八幡宮

町並みを生かした新しい道と「まちの駅 旭座」
まちの駅、旭座
この一角だけが異常に近代的、ここまでする必要、あるのかな。

裏通りにはたくさん魅力的な建物が残ってます。
古い建築
写真右下のおうちでは、表から眺めてたらご主人が招き入れてくださり、土間にある井戸からは海の際なのにいい水が出ることや、前の持ち主から買い取った経緯などを話していただきました。
古い店舗
昔は海運、貿易で栄えたんでしょうね。

鯖街道資料館と商店街
鯖街道の起点、商店街と資料館。
まだ今でも鯖を焼きながら売ってるんや!

焼鯖寿司
焼き鯖ずしの工場直営販売所には大型バスが横付け。

食の文化館
昔子供たちと行った「食文化館」前の足湯。

まだまだ紹介し足りませんが、今日はこの辺で。
最後に約30年ぶりに買い物に行った、越前和紙のお店でおみやげ購入。「越前和紙の店、おおえ」さんはこちら→
「越前和紙の店おおえ」さん
今回は電車に乗るのが目的だったので、限られた時間、駆け足でしたが、いずれもっとゆっくりと小浜を堪能したいと思います。
その時までさらば、小浜。

日常

プチ電車旅、若狭小浜へ

電車に乗りたくなって、お休みを利用して若狭小浜へ行って来ました。

いつもは車での移動ばかりで、たまには電車も、と思っていたのですが、やっと実現しました。

さて切符を買って橋上駅、東舞鶴の小浜線ホームへ。

おっと、いきなり若狭ご当地ゆるキャラのラッピング車輌!
ゆるキャラのラッピング車輌2

おお、敦賀のゆるキャラ「ツヌガ君」も。
ツヌガ君

この「ツヌガ君」は古事記に出てくる、大陸から日本に来ていたという朝鮮の王子「ツヌガアラシト」をモデルにしています。

この人は我が嶋満神社祭神である「応神天皇」とも少なからず関係のある人…。
そしてもちろん、この名前が「敦賀」の語源となっています。

電車に乗る前からいきなり盛り上がってしまいました。

さて発車、市街地の高架を過ぎて田園地帯へ。

電車、早えぇ~!

普通電車仕様の車両で、しかもロングレールで都市部や地下を走る阪急電車なんかと違ってこの体感スピードは何だ!

畑も飛ぶ飛ぶ家も飛ぶ~♪という童謡が頭をよぎる。感動ものだ。

松尾寺を過ぎて青葉山の下を抜けるトンネルへ。

お、トンネルの手前を過ぎると、あとはそのトンネルを福井県側へ向かって下ってゆく。

このあたりの線路の最高点は舞鶴側か、と実感する。

三松を過ぎると車窓はるかに海が見える。

子供のころ、父親の軽自動車で海水浴へ連れて行ってもらう時、ここまで来ると「海が見えた~!」とテンションが一層高まったものです。

若狭高浜、和田を過ぎ、国道27号線とつかず離れず東を目指す。

この辺りも原発のおかげで豊かになったものだ。

本郷、加斗、勢浜を過ぎて後瀬山(のちせやま)の下のトンネルにかかる。

お、ここもトンネル手前が最高点で、小浜へ向かってトンネル内を一気に下っていくのか。
車で国道を走ると、トンネルの中で信号待ちに引っかかる嫌な場所だ。
でもここは一気に小浜市街地へ。

昼間の閑散時でここまで約50分、対向列車との列車交換(すれ違い)もないのか、と思っていたら小浜駅で東舞鶴行きが待っていました。
小浜駅にて
小浜駅で見つけた蒸気機関車時代の名残。

さあ、小浜駅で腹ごしらえをして(けちけち旅なのでローソンの握り飯・・・ポイントで交換したやつ)少しの時間、街歩きをしよう!

というところで長くなるので、前半終了、小浜の街歩き編は次回に繰り越し!

きものや

Author:きものや
旧海軍時代の面影残る港町、田辺藩時代の街並み残る城下町、美しい海と山に囲まれた街、舞鶴に住んでいます。
歴史小説の好きなオヤジ(分身のような娘は嫁に行き)、正体不明な社会人の息子、家中の全権を掌握する自称「上品な」奥さん、要介護1のじじ、同5のばばの面々でやってます。